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信仰の基礎

立教の本義について教えてださい。

立教の本義は、前の問いの答にも申してありますように「世の中の道具」になることであります。では、「世の中の道具になる」ということはどのようなことでしょうか。簡単に言えば「世の中」とは、人間が集まってこの自然の中に暮らさせて頂いているところ、それが世の中であります。わたし一人では世の中にはなりません。人という字は、文字の上で見ましても持ちつ持たれつ両方から支え合っています。この支え合うところの二人以上の組み合わせ、これが世の中であります。夫婦、それが発展して家族、さらに社会、そして森羅万象(しんらばんしょう)一切の中に生かされております。その世の中というものをどこまでも広げてゆけば宇宙全体ということになります。宇宙全体の中に生を受け、生かされ暮らさせてもらつているわたしたちであります。その宇宙全体の中にあるわたしをよくよく見つめてみますと、宇宙の中にわたしがありますし、また、わたしの中に宇宙があるとも言えます。なお、あらゆるところに、あらゆるものの中に、神や仏がおわしまして、その中に生を受けたわたしであります。また、そのものがわたしの中にあるとも言えましよう。すなわち、「宇宙は我なり、我は宇宙なり」、これが世の中に生を受け生かされているところの真実の姿であり、これが世の中であります。

なお、この人と万物が生かされている世の中こそ大御親様(おおみおやさま)の大愛大慈悲(だいあいだいじひ)によるみ業(わざ)であるという信じ方こそ円応教のみ教えであります。

「道具」とは道を表すもの、すなわち道具であり、道を表すとは、真実を表す、誠を表すことを申します。生命にはそれぞれの生きるための、また、生かされるための使命があり、その使命のままの生き方、生かされ方を全うすることが「世の中の道具になる」ということであります。その働きがお互いの生命を生かし合っているのであります。

結局、「世の中の道具になる」とは、大御親様(おおみおやさま)の万物を生かそうとなさる「み業(わざ)」を助けさせてもらう働きであります。身近な立場で表現いたしますと「人様が喜び、楽しみ、幸せになって頂くようなことをひたすら行わせてもらうこと」つまり、「奉仕をさせて頂くこと」、これが「世の中の道具になる」ということであります。

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