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円応教の時間[テキスト]

青年会副会長 深田良一 (2004.4.25)

 先日、仕事で出かけたときに、電車に乗っていてこんな事がございました。私の前の席に髪の毛を茶色に染めて、首には金属のアクセサリーを付けた男の子が座りました。私はその男の子の姿を見て思わず「最近の若い子は派手だなあ」と心の中でつぶやきました。

 次の駅で、小さな子どもずれのお母さんが乗ってこられました。席は満席でお母さんは、お子さんに「すぐに降りるから立っていましょうね」と話していました。私はその親子のすぐ近くに座っていたので、席を譲ろうかどうしようかと迷ってしまいました。すると先ほどの男の子が、すっと立って隣の車両へ移動していったのです。すぐにそのお母さんは「良かった、席が空いたね」と喜んでお子さんと空いた席に座られました。

 男の子は、何も言わずに席を立って行ったのです。すぐに私は「その小さな子どもずれのお母さんのために男の子が席を譲ってあげたんだ」と分かりました。

 目の前で「座れてよかったね」と子どもに話しかけているお母さんの姿を見て、席をゆずることに躊躇した自分を恥ずかしく感じました。

 私は席を譲った男の子のことを、ぶっきらぼうだけど「優しい子だな」と思いました。しかし、同時にその子の外見ばかりに気をとられていた自分を本当に反省しました。その子に私は「外見ではなくあなた自身の中身はどうなのですか」と教えられたような気がしたのです。

 人を外見で判断してはいけません。本当に大切なのは見た目ではなくその人の心、その人の行いが大切なのだと思います。

 円応教の教えの中に『誠の神は人の心が神』と教えて下さっています。私たちは神様といいますと真殿にお祭りされていると思っていますが、それぞれ人の心のどこかには神様がおられると教えて下さっています。人の姿を見て、自分のあり方を学んだり、気づいたりすることがよくあります。私はそう思うとき、教えの通り人は神様なのだ、と謙虚な気持ちにさせていただきます。

 よく人のことを、あの人はああであるとかこうであると中傷してしまいます。しかしいざ自分自身のこととなるとなかなか自分の悪いところが分からず、また見ようともしないのではないでしょうか。人をその様に見るのではなく「人は自分の悪いところ、足りないところを教えて下さる神様なのだ」というくらいの謙虚な気持ちでいれば多くのことを教えていただけるかもしれません。

 職場にいても、目上の人や相性のいい人の話しはよく聞きますが、年下の人や苦手な人となるとどうでしょうか。本当に自分自身の足りないところを教えて下さるのは案外そのような方なのかもしれません。また、そう思う心もなくなってくるのではないでしょうか。なかなか難しいことではありますが「だれにかぎらず全ての人が、自分自身を大きく成長させて下さっているのだ」と感謝する謙虚な心を常に持ちたいものです。

 さて、この5月23日の日曜日。私たち円応教では、北は北海道から南は九州、沖縄にかけて全国約150個所で、一斉に街頭に立ち、体の不自由な子供たちに対する理解と協力を呼びかける募金活動を行います。

 私は、この活動を通して多くの事を学ばせていただきます。

 いつも感謝するのは若い青年の方がよく協力して入れてくれることです。その様な青年の姿を見て「自分の若いときはどうだったのだろうか、こんな風に暖かい心で人のために協力できたのだろうか」と思います。

 そして街頭に立っていつも思うことは「本当に人のありがたい暖かい心」を感じさせていただきます。

 この活動も今年で25年目を迎えますが、そのような皆様の暖かい心があるからこそ、今日まで続いているのではないかと思います。

 昔と違って今の世の中は冷たく、なかなか人の温もりを感じないとよく言われますが、決してそうでないと思います。

 円応教の教えの根本は『世の中の道具』になるということです。『世の中の道具』とは人様が喜んで下さる働きをさせていただくことです。人が「ありがとう」と喜んでくださる働きができたとき、自分自身の大きな喜びになると思うのです。

 5月23日、私たちを見かけましたら是非御協力をお願い致します。

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