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円応教の時間[テキスト]

責任役員 赤銅重夫 (2004.5.30)

今年も母の日が来ました。日ごろお世話になりっぱなしのお母さんや、奥さん、お婆ちゃんに感謝の心を添えて、赤いカーネーションをプレゼントされたでしょうか。主婦の仕事は、家族の命を守る大切な働きであり、特に子育て1つとってみても、家庭における母親の役割は偉大であります。世界の古今東西を眺めても、歴史に名を残す偉人、賢人の陰には偉大な母がおられることもうなずけます。

 私はある時、布教先で、信者様が代替え地として戴かれた土地の清めを頼まれ、その場所で、息子の帰りを待ちわびる、老婆の亡霊と出会い大変驚きました。行の後土地の持ち主に一部始終を話しますと、ビックリされました。確かにそこには、不治の病で入院中の息子の帰りを待ちながら、亡くなった老婆が住んでいたことや、また、その一家の悲しいできごとを話して聞かせてくださいました。

 私が聴いたあの老婆の切ない声無き声は、夢や幻ではなく、誰かに分かってほしい真実の叫びだったのです。私は恐ろしさよりも、死んでも尚、子どもの安否を気遣う母親の深い愛情に感動し、涙しました。

 しかし、昨今はどうでしょう。同じ親でも我が子でさえ身勝手な理由で餓死させたり、しつけと言いながら幼い子どもに暴力を振るい、殺してしまう親とも言えない人間の多さに大変憤りを感じます。

 昔から焼け野の雉、夜の鶴と言われますように、自分の命をかえりみず、我が子を守り育てようとする親の愛の強さは、人間のみならず本当にすばらしいものです。本来母親には、観音菩薩のような慈愛があり、また父親には不動明王の如く、荒々しい中にも、子どもをたくましく育てようとする強い愛があります。ましてや人間には、神性仏性の知性があるのですから。親となるべき男女が、それぞれに、父母の使命や役割を勉強して、それを常に自覚し、理解し、協力し合う、愛と誠の夫婦の働きによって、初めて家庭が調和し、飽和し大和されてゆき、こうした環境の中で子どもが誕生し、また育てられた時に、子ども本来の健全なる精神と肉体の育成と成長が可能となり、そして親子共々に楽しく和やかに語り合い、助け合える理想的な、豊かな家庭生活が実現されると思うのです。

 親となるべき男女の縁の下に、30兆分の1という天文学的、奇跡的な確率でこの世に生まれ出る生命に、貴賤は無く、生きる権利は等しく与えられているのです。そして、幼き命は、純粋無垢で柔らかく、どのような色にも形にも千変万化するものなのです。

 「三つ子の魂百までも」とか「子どもは親の背中を見て育つ」と言われますように、特に幼児期、少年期のしつけや体験、また思春期のできは、その人の人生観にまで影響を与えます。このように親子の関係は、どんなに時代が変わろうとも、一筋の道で繋がって影響しあっているのです。「親を笑うな行く道じゃ。子ども叱るな来た道じゃ」本当にその通りです。親は子を、子は親を眺め見て、自分自身の分身である互いの長所や短所を研究し、過去、現在、未来を思い浮かべながら、一方的に相手を責めたり、不足や愚痴を並べるだけでなく、いつも相手の立場に立って考えてみるように努めたら、親子喧嘩も、夫婦喧嘩も無い家庭生活が営まれると考えます。

 円応教の教祖の教えに『夫婦や親子が仲良く、笑顔で暮らしたいならば、自分より上の人に向かう時には、その人を神と思いなさい。また下の人を見るときには、仏か地蔵と思って、円い角のない心で接しなさい』と諭しておられます。家庭における親子の関係には嫁と舅、姑の関係、老人介護。また子どもの教育やしつけの問題等、いろいろと家族同士の気苦労や悩みは尽きませんが、こうした人間関係で、自分より上の人に接する場合は、その方を神様と思って尊敬し、誠意を持ってつくし、喜びと満足を与えてゆきなさいと諭されています。また子どもや孫、幼い子どもに向かうときには、その子を仏様か地蔵様と思って、穏やかに笑顔で話してみなさいと言われています。

 先祖と私は一体であります。一体であるけれども、血肉を分けて未来永劫にこの世に生き続けようとしているのです。自己の血縁の道を尋ねたら幾百万の先祖の命に通じ、もっとその先には、宇宙の始まりと言いましょうか、神仏の世界にも通じる、有り難く、またおそれおおい生命の絆があるのです。この永遠の生命の今の代表者が私であり子どもであります。

 親に孝養をつくすことは、神仏に仕えることであり、そして子どもを慈しみ育てることは、ご先祖様に奉仕することでもあるのです。すなわち、親子は修行の相手であり、家庭はその練成の道場ではないでしょうか。

 神仏より与えられた限りある寿命の中で、果たしきれない先祖の思いや使命を、親の私が先ず努力してみて、できないときには子が孫が、それを受け継ぎかなえていくように努力すれば、やがていつの日か我が家庭が、否、国が世界中が神仏のみ心に適った、極楽浄土、高天原、天国になっていく時が来ると信じます。『人を責めるより 自分のまことの足りなさを責めよ』。私はいつもこの言葉を我が胸に戴き、これからも元気で、理想家庭の建設に、家族と共に努力したいと願っています。

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